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『素問』、『霊枢』の「善」が、『太素』で「喜」になっていることは多いかも知れないけれど、それを簡単に避諱と言って良いんだろうか。今開いている箇所では、巻27の十二邪で「為之喜鳴」とあるところは、『霊枢』口問では「為之苦鳴」です。「苦」という名前の皇帝は探さなくて良いんですかね。それと次の邪客では「善言天者」です。そもそも仁和寺本『太素』には「善」なのか「喜」なのか紛らわしいものが有る。著者の気まぐれと抄者のいい加減さも関係していると思いますが。淳於意はひょっとしたら著者の、まあ恐らくは植字工あるいは校正係の文字知識の不足が主たる原因でしょう。
先ほど取り寄せていた『中医古籍考拠例要』がやっと到着しました。で、内容は良さそうだけど、校正がねえ、江戸時代の問政なんで年号を聞いたこと有りますか。
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『素問』、『霊枢』の「善」が、『太素』で「喜」になっていることは多いかも知れないけれど、それを簡単に避諱と言って良いんだろうか。今開いている箇所では、巻27の十二邪で「為之喜鳴」とあるところは、『霊枢』口問では「為之苦鳴」です。「苦」という名前の皇帝は探さなくて良いんですかね。それと次の邪客では「善言天者」です。そもそも仁和寺本『太素』には「善」なのか「喜」なのか紛らわしいものが有る。著者の気まぐれと抄者のいい加減さも関係していると思いますが。
淳於意はひょっとしたら著者の、まあ恐らくは植字工あるいは校正係の文字知識の不足が主たる原因でしょう。
先ほど取り寄せていた『中医古籍考拠例要』がやっと到着しました。
で、内容は良さそうだけど、校正がねえ、江戸時代の問政なんで年号を聞いたこと有りますか。
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