日本内経医学会の前身である原塾において『霊枢』講座を担当し
そこに医古文の教育を導入することによって
今日の日本内経医学会の性格を決定づけた恩師
井上雅文先生 が
10月14日午後4時頃 ご逝去なさいました
師恩を想い 哀悼の意を表します
18 October 2007
哀悼
09 October 2007
催しの予告
森立之生誕200年祭予告
日時:平成20年1月13日(日)午後3時~5時
場所:池袋 洞雲寺(東京都豊島区池袋3丁目5-30)
定員:50名(申込者多数の場合は抽選の予定)
平成19年度の日本内経医学会の講演会を兼ねますので、会員限定です。
日時:平成20年1月13日(日)午後3時~5時
場所:池袋 洞雲寺(東京都豊島区池袋3丁目5-30)
定員:50名(申込者多数の場合は抽選の予定)
平成19年度の日本内経医学会の講演会を兼ねますので、会員限定です。
28 September 2007
新刊案内
『杉山真伝流臨床指南』
大浦慈観編著 六然社
平成19年10月10日発行
内容:
第1章 杉山真伝流の手技体系を知る
第2章 『杉山真伝流』の治験例を読む
第3章 杉山真伝流免許皆伝の極意とは
第4章 「鍼法九十六術」和訓(資料篇)
第五章 蘇る杉山真伝流
杉山真伝流研究の泰斗、大浦先生十五年にわたる成果。
豊富な手技のイラスト入り。
第1章の手技の説明は、本文・主治・口伝・補足説明・臨床応用・他術への応用といった順序でなされる。
第2章の治験例は32例。書き下し文・補注。
第3章は、(免許)皆伝の巻「鍼法撮要」から。
大浦慈観編著 六然社
平成19年10月10日発行
内容:
第1章 杉山真伝流の手技体系を知る
第2章 『杉山真伝流』の治験例を読む
第3章 杉山真伝流免許皆伝の極意とは
第4章 「鍼法九十六術」和訓(資料篇)
第五章 蘇る杉山真伝流
杉山真伝流研究の泰斗、大浦先生十五年にわたる成果。
豊富な手技のイラスト入り。
第1章の手技の説明は、本文・主治・口伝・補足説明・臨床応用・他術への応用といった順序でなされる。
第2章の治験例は32例。書き下し文・補注。
第3章は、(免許)皆伝の巻「鍼法撮要」から。
08 April 2007
日中内経学術交流会
中国側は銭超塵教授と段逸山教授,日本側は宮川浩也と私。
私のは銭教授の最近の大作『黄帝内経太素新校正』に400~500の誤りは有る,というもの。しかも,その最大の原因は,この中医研修の企画者でもあるオリエント出版社が状態のあまりよくない複印しか提供してないから,というもの。きわめて微妙な状況であって,途中で憤然と席をたたれるかとも思ったけれど,そんなことはありませんでした。私自身はUSBメモリーで持って行った画像の説明にいそがしかったけれど,他の人の観察によると,銭教授の顔が緊張したり,青くなったり赤くなったりだったらしい。それでも,報告が終わると,握手をもとめられ,さしあげたBLOG本にサインまでもとめられました。下手な字でサインというのはなんとも照れくさかったです。さらに再版時には是非とも参考にさせてもらうまでいっていただきました。やっぱり,一流の学者はちがうと感激です。
段逸山教授の発表は,渋江抽斎『霊枢講義』の評価です。ただ,残念ながらその見た『霊枢講義』は学苑出版社のものにすぎません。あれは駄目です。あの原稿は書き足した文章のつづきを様々な記号で指示しているんですが,その接続の判断をしょっちゅう間違えている。校点者の筆頭に名があがっている友人の他の仕事の水準に達しているとはとても思えないから,実はだれかにまかせて手をぬいたんじゃないかと密かに疑っている。そんなことをその席で指摘しなくても良いようなものだけど,指摘がなければ若い聴衆は迷惑するだろう。段教授に本物の影印を提供してない出版社も照れくさいはずだけれど,段教授だってあんまりうれしくはない。でも,喧嘩にはなりません。大人ですからね。
銭教授の話は,『太素』撰著年代の話。一瞬,そんなの常識じゃないかと思ったけれど,よく考えたら常識にしたのは銭教授でしたね。本当に偉大な学説というのはそうしたものかも知れない。
宮川さんの話は,今までのよりも遙かに善い『難経』の版本が見つかったという報告。
日本側の報告は本当は中国の学者さんたちにこそ聞いてほしい内容でしたね。いや私のは,銭教授に聞いてもらえればまあ満足でしたが,できれば共著者の李雲さんと学苑出版社の編集責任者は引っ張り出したかった。
私のは銭教授の最近の大作『黄帝内経太素新校正』に400~500の誤りは有る,というもの。しかも,その最大の原因は,この中医研修の企画者でもあるオリエント出版社が状態のあまりよくない複印しか提供してないから,というもの。きわめて微妙な状況であって,途中で憤然と席をたたれるかとも思ったけれど,そんなことはありませんでした。私自身はUSBメモリーで持って行った画像の説明にいそがしかったけれど,他の人の観察によると,銭教授の顔が緊張したり,青くなったり赤くなったりだったらしい。それでも,報告が終わると,握手をもとめられ,さしあげたBLOG本にサインまでもとめられました。下手な字でサインというのはなんとも照れくさかったです。さらに再版時には是非とも参考にさせてもらうまでいっていただきました。やっぱり,一流の学者はちがうと感激です。
段逸山教授の発表は,渋江抽斎『霊枢講義』の評価です。ただ,残念ながらその見た『霊枢講義』は学苑出版社のものにすぎません。あれは駄目です。あの原稿は書き足した文章のつづきを様々な記号で指示しているんですが,その接続の判断をしょっちゅう間違えている。校点者の筆頭に名があがっている友人の他の仕事の水準に達しているとはとても思えないから,実はだれかにまかせて手をぬいたんじゃないかと密かに疑っている。そんなことをその席で指摘しなくても良いようなものだけど,指摘がなければ若い聴衆は迷惑するだろう。段教授に本物の影印を提供してない出版社も照れくさいはずだけれど,段教授だってあんまりうれしくはない。でも,喧嘩にはなりません。大人ですからね。
銭教授の話は,『太素』撰著年代の話。一瞬,そんなの常識じゃないかと思ったけれど,よく考えたら常識にしたのは銭教授でしたね。本当に偉大な学説というのはそうしたものかも知れない。
宮川さんの話は,今までのよりも遙かに善い『難経』の版本が見つかったという報告。
日本側の報告は本当は中国の学者さんたちにこそ聞いてほしい内容でしたね。いや私のは,銭教授に聞いてもらえればまあ満足でしたが,できれば共著者の李雲さんと学苑出版社の編集責任者は引っ張り出したかった。